Heathkit ヒースキット A-7E
Heathkit社は戦後、軍放出の電子部品を使ったオシロスコープキットを皮切りに、アマチュア無線機、各種測定器、オーディオ用アンプキットをヒットさせていった。Heathkit A-7シリーズは、1948年発売のA-1から数えて7代目のアンプである。ロスアンゼルス滞在時に、eBayでA-7Eを2台落札し、現地で修理して使っていた。多少塗装が剥がれたり、サビが出ているが、なんと言ってもヴィンテージなデザインが良い。
上が組み立てマニュアルに記された回路図。LP用のイコライザー回路が、12SL7使ったパッシブ型、セレクターを経て一段のプリアンプ部、トーンコントロール回路の出力を12SN7GT前段で受けて、後段がPK分割の位相反転回路、そこから直接12V6GTによるプッシュプル出力回路となっている。出力管はウルトラリニア接続。下がレストア後の回路図。AC100Vで使用可能にするために整流管による整流回路からダイオードに換え、電解コンデンサーの容量も大きくとってある。
1955年は、SP盤からLP盤への移行期
A-7シリーズは、A-7Bが12A6のアルテック型プッシュプル。A-7Cでプリアンプが追加され、マイクロフォン/クリスタルカートリッジが取り付け可能になった。1956年発売のA-7Eで、ついにLP用のイコライザー回路が追加された。1955年はモノラルからステレオへの移行期であったのだ。

当時の雑誌広告から、左がA-7Bで、右がA-7D。右の広告には1956年のカタログ無料配布の告知が見える。
元々のA7シリーズはモノ構成で、ラジオ放送やモノラルレコード向けに販売されていた。後からステレオを聴くために追加購入したというケースもあったようだ。

組み立て説明書の実体配線図のページ。こうした配線方法は日本語で「空中配線」と呼ばれているが、英語では「Point-to-Point」で、最短距離を結ぶという意味がある。適当なレイアウトに見えて、意外と良く考えてあることがわかる。驚くことにAC電源の入り口にヒューズが無い。1950年代はそれでも許されたのだろう。アースが電解コンデンサーのところで一点に集まっているので回路段ごとが切り分けできず不利。これもまあ時代だろう。
組み立て説明書の回路図。手書きの書き込みは説明書の購入者のものだ、真空管を6V6に変更して、イコライザーをNFB付きのラインアンプに改造しようとしている模様で、ヒーターのアンペア数を計算している。ヒータートランスを追加するつもりなんだろうか、。ヒースキット社とやり取りした手紙も一緒になったまま落札した。
イコライザー段の改修工事
イコライザー部分に手を付けた。回路構成は、12SL7GTA一本のCR型イコライザーで、調べてみると当時のRCA社 Radio Tube Handbookに載っている回路をそのままのコピーしたものだ。CR型よりもNF型のイコライザーの方が一般的であると思っていたのだが、おもしろいことにこの50年代のRCAのHandbookには、NF型のイコライザー回路は載っていない。
1959年発売のRCA社Receiving Tube Manual(RC-19)掲載のRIAA用イコライザー回路。1956年版のマニュアル(RC−18)にはRIAAの参考回路は掲載されていない。
回路に使われているCRの値がA-7EのEQ回路とまったく同じだ。RCA推奨の回路図に使われている7025は12AX7Aの高信頼度管でともにμ100。ところが、A-7Eで使われている12SL7GTAは、μが70しか無い真空管である。この増幅率不足の真空管で同じ回路を組むのは無理がある。更に問題なのは、カソードに電流帰還がかけてあるので増幅度はさらに下がっている。これでは、特に低域が十分には出ない可能性が高い。さらに、ヒーターも12.3V、ACのままなので、ハムと雑音でレコードを聴くには、ボリュームをあまり上げられなかったのではないだろうか。
まず一台の部品を全部撤去(左)してから、現代の部品で組み立て直した(右)。
結局一旦すべて撤去してから、組み立てた。以下は変更点。AC電源電圧が115Vで設計されているために、そのまま繋いでも既定値の+B電圧(390V)が出ない。外部に100Vを115Vに上げる昇圧用のトランスを使うという手もあるが面倒なので、残念だが整流管をダイオードに変更した。AC電源の電圧差15Vがちょうど整流管によるロスと同じ程度なので、+B電源が設計時の電圧390Vに10V足らないが380Vになった。
あらためて、6V6の規格表を見てみると、驚いたことにプレート電圧の最大定格は315Vと書かれている。390Vもかけて大丈夫なのだろうかと疑問に思って調べてみたのだが、どうもギターアンプの回路図には、出力ワット数を稼ぐという目的から、AB級の高電圧での運用事例が多数でてくることがわかった。これは規格書には載っていない運用事例だ。
FenderのDelux Reverveではプレート電圧391V、グリッドバイアス−39V、Princton '65 Reverveではプレート電圧440V、グリッドバイアス−40Vに設定されている。ただ、これらは1964年頃にリリースされた製品なので、このA-7の方が遥かに先に発売されている。一体誰がこのAB級動作を発見したのだろうかが、ちらっと気になってきた。
現実的にAB級動作は流す電流が少なくて済むので、電源トランスの容量も小さめで済む。しかも、これでA級プッシュプルでは13W程度が限度のところを、20Wまで出力を上げることができるという訳で効率的だ。
電源には、40uF、30uF、20uF、20uFが一本に組み込まれた複合型のコンデンサーが回路図には示されているが、驚いたことに落札した躯体にはコンデンサーに40uFと30uFの2つしか入っていない。不足分のコンデンサーはどうしていたのか不明。
ライン入力に関しては、ボリュームを上げてもまったくノイズが聴こえない状態にまで仕上がったのだが、フォノイコライザー入力に切り替えると、ボリュームを上げるに従って、ハムが聴こえてくる。傍熱型とはいえ12Vの交流点火ではやはりハムが残る。12VのDCアダプターを使ってヒーターをDC駆動することにした。これでレコードも快適に聴くことができるようになった。しかし、まだどうもハムとノイズを拾っている。いろいろ試した結果、外部から入ってきていることが判明、底蓋を追加することにした。50年代には今のように空間が電磁波で汚染されたいなかったのだろう。最終的にレストアした躯体では、ほぼ完全にノイズとハムは駆逐した。
6V6という真空管は、多くのギター・アンプに使われた真空管だが、出力がそれほど取れないために、後から出てきた6L6に押されてイマヒトツの人気なのだが、実は味のある、真空管アンプらしい音が出る真空管だ。どうも、その魅力の秘密は2次高調波と3次高調波の出方にあるようだ。シングル真空管アンプは2次高調波が主になるが、出力を上げていくと、どこかで3次高調波と入れ替わるのである。どこで3次高調波に入れ替わるかが、真空管の個性のようだ。この6V6という真空管は、じつは他のビーム管に比べて、比較的早めに3次高調波に入れ替わる。ここに秘訣があるように思う。
使い勝手が良いようにACインレットにした。ノイズ対策用の高周波フィルター付きである。これが意外とよい。できるだけヴィンテージパーツを残したいこともあるが、安心して聴けるように現行の部品を使い、まずは真空管がその実力を発揮できるように組み立てるのが先ではないかと思う。