2021年1月16日土曜日

1920年代のラジオ用トランス


 以下は、1921年版のRCAのカタログである。Radio Corporation America=RCAが、戦前から技術提携していたイタリアのマルコーニ社の技術をもとに、北米に設立されたのが1919年、RCAが放送局(NBC)を開設するのが1926年である。1921年の時点でラジオ放送局はまさに群雄割拠で、合併分裂を繰り返していた。

この時代の真空管の主たる使用目的は、電信、電話とラジオである。電話技術はグラハム・ベルの起こしたATT社によって独占されていたが、ラジオの受信機は一般大衆の自作が主で、そのための手引きが公開されていた。このカタログがそれであり、実に詳細に解説されている。

この時代の真空管は増幅率があまり高くないために、使い方に工夫が必要で、とりわけトランスが非常に重要であった。以下のアンプの回路では、トランスで昇圧した音声信号に、真空管で電力を与えてから、次のトランスでまた昇圧している。この回路では昇圧比の高い段間トランスは必須だったのだ。

下のページはラジオの回路図で、真空管の間にUV-712という型番が見える。上に掲載した写真に見える黒いトランスがこれである。

回路は、受信したAM変調信号を、検波によって音声信号にした後に、増幅してイヤホンにつなぐものである。いったい、このトランスは、現代のシステムの中に組み込むと、どんなことになるのか、作って聴いてみるしかないというのが、工作の動機である。

このトランスの規格は、1:9の巻線比、60Hz~3KHzが使いシロ、電流は10mAまで、電圧は300V、直流抵抗値は1次側430Ω、二次側5.1KΩ。1KHz時の各インピーダンスは、2次オープン時の1次が19KΩ、2次ショートで650Ω、2次のインピーダンスが1次オープンで1.4MΩ、ショートで43KΩとなっている。

以下は、一次側600Ωで、二次側のシャント抵抗を付け換えて、実測した周波数特性である。2次側オープンだと10KHzにピークができているが、112KΩでシャントした特性はかなりいい感じのカマボコ型の特性だ。39KΩではさらに狭まって、ゲインも落ちてしまう。

このハイカット、ローカットの特性は、CRで作ったフィルターとはかなり違った振る舞いをする。CRフィルターでは単にその周波数が欠損するという感じだが、トランスでは感覚的にはエネルギーが中心に寄せられるという感じがするものである。


2021年1月13日水曜日

より良いものを作るには、感覚を研ぎ澄まさなくてはならない。また既知の知見を集めることも重要だ。知見は、文字に書かれた情報だけではなく、実践がともなっていなければならない。さまざまな情報、図とか、動画とか文字情報以外の情報があるわけだが、それでも実際にやってみないことにはその真意はわからない。できるというのは、頭ではなくて、からだで体得するものだ。

資本主義の発展の中では、すべての人は消費者にされてしまったが、与えられたもの=商品を「買って使う」よりも、「作ってみて知る」ことに意義があるはずだ。戦後日本に自作文化が根付いたのは、貧乏で買えないラジオやテレビを自作したからだけではない。知への欲求がそうさせたのだと考えた方が良い。ラジオ発展の歴史を見ると、その泰明期もは誰でもが自由にラジオ局を開設できたし、そのための情報と資源はお金さえあれば入手可能であり、またそれが推奨されていたのである。

今後の社会が環境資源の枯渇と面と向かわざる負えなくなる時代には、作り手と使い手、売り手と買い手の分断を止める必要がある。自分自身にとって必要な資源は、自分自身で作り出すという小さな資源の循環を有効にしていく必要があるだろう。単なるホビーだと思われてきた自作文化も考え方によっては、深い思想を知る端緒となるのではないだろうか。そう考えると料理をすることも、真空管アンプ作りもそれほど離れたところにあるものではない。

エジプトのピラミッドや世界中にある数々のモニュメントを上げるまでもなく、記憶を後世に留めるためにこうした物体が構想され、実体化されてきたのである。それは本来情報は物によってのみ保持されると考えられてきたからだが、デジタル技術の出現で、物と情報を分離して考えるようになった。物にまつわる情報だけが取り出され、収集され、それらの情報を数値処理できるようになった。情報のコレクションがさらに情報を産み、それに新しい価値を与えさえするようになった。物の情報は、インターネットによって自由に流通するようになり、古い価値体系を破壊しつつある。結果、これまで流通しなかった情報が流通し、商品になりずらかった物(=情報が足らない物)が商品になることを可能にした。

真空管は人工的に作られた電子デバイスで、仕様規格書がないとその使い方が解らない。真空管という物とその使い方の情報がセットになって、初めて物としての意味が発動する。もしも、その仕様書を封印してしまえば、技術者には特権を与えることができるわけで、これがいわゆる「企業秘密」である。しかし、すでに開発製造から100年近く隔たった真空管の規格書は完全にパブリックドメイン化されており、誰でも、ほぼどんな真空管でも規格書を探し出すことができるようになった。情報には事欠かないわけで、後はブツ(真空管)が手に入れば、自分で設計した回路を自作することができる、というわけだ。

ここに、本当の意味の自由がある。かつて企業や資本によって独占されていた情報へのアクセスとそれを自分の好きなようにする自由である。その自由を行使することで、やっと個人としての自分が地面の上に立てたと感じることができるのである。